地域とエネルギー研究会
東日本大震災,そして東京電力福島第一原子力発電所事故以降,大きく転換した日本・世界のエネルギー政策は,ロシアによるウクライナ侵攻により,さらに大きく揺るがされている.パリ協定における温室効果ガスの排出削減目標(2030年度までに2013年度比46%削減)にむけ,温室効果ガスの排出の8割以上を占めるエネルギー分野の取り組みは不可欠となっている.再生可能エネルギーの主力電源化をベースに,Demand Responseによる供給量変化への対応,蓄電池などを活用した分散型エネルギーとピークマネジメントの融合による効率化,小規模発電を起点としたシュタットベルゲなどによる地域産業化,排出量取引やスマートハウス,EVといったマイクロシステムの成立といった課題が多く生じている.これらは,都市・計画・土木分野に深く関わる課題である.研究会では,最新の研究や事例,現場課題を報告・議論し,地域とエネルギーを考え,実践・研究開発を行う端緒としたい.
Japan’s and the world’s energy policies, which have changed dramatically since the Great East Japan Earthquake and the accident at TEPCO’s Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant, have been further shaken by Russia’s invasion of Ukraine. In order to meet the greenhouse gas emission reduction target of the Paris Agreement (46% reduction from the fiscal 2013 level by fiscal 2030 in Japan), it is essential that the energy sector, which accounts for more than 80% of greenhouse gas emissions, be addressed. Based on the shift to renewable energy as the main power source, many issues need to be addressed, such as demand response to follow a dynamic change of supply, efficiency improvement through the integration of distributed energy and peak management using storage batteries, etc., regional industrialization, like Stadtberge, from small-scale power plants, and the establishment of micro-systems such as EVs, emissions trading, and smart houses etc. These issues are deeply related to the fields of urban planning and civil engineering and should be addressed. In this workshop, we would like to report and discuss the latest researches, case studies, and issues in the field, and to consider regions and energy, and to make a beginning of practice and research and development.
Organizers:Dr. Junji Urata (Univ. Tsukuba), Dr. Hitomu Kotani (Kyoto Univ.), Dr. Kazuyoshi Nakano (CRIEPI)
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話題提供1:鈴木研悟氏(筑波大学)「多主体系としてのエネルギーシステム」
【鈴木氏略歴】
筑波大学大学院 システム情報工学研究科 リスク工学専攻 博士後期課程 修了。その後、一般財団法人 日本エネルギー経済研究所 研究員、北海道大学 大学院工学研究院 助教を経て、現在、筑波大学 システム情報系 構造エネルギー工学域 助教。
【発表概要】
進歩した技術がなぜ社会に取り入れられないのか、特にエネルギー分野に焦点を当て、研究を行っています。環境変動の問題を考えると、持続可能な技術の採用は急務ですが、現状は大部分のエネルギーが化石燃料から来ています。そこで、人間の選択や行動の背後にある要因を理解し、シミュレーションやAIを使って研究を進めています。このテーマに基づいて、エネルギーシステムや人間の選択に関する多角的なアプローチで研究しています。
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現在、2つの主要な研究プロジェクトを進行中です。
1つ目はAIと人間のゲームプレイを統合したエネルギー政策評価法の提案です。この研究では、エネルギー市場におけるマルチプレイヤーゲームとしての技術選択をモデル化しています。各主体は自己利益を追求し、エネルギー政策の模擬ルールの影響について研究しています。この研究では、人間が行うと行動科学実験、AIが行うとエージェントシミュレーションの両方に取り組んでいるということです。その中でも、地球の持続可能性に関する問題を横断的に話し合いたく、学内の多くの先生を集めてゲーム実験を行っています。研究テーマとしては、「競争的なマーケットで、化石燃料と代替エネルギーの選択を模擬し、どちらが選ばれやすいかを調査する」「電力の卸売市場における取引をAIでシミュレーションし、再現する」「小さな町での電力や熱の需要を満たすための選択に関して、どの機器や方法が選ばれるかを分析する」といったものがあります。持続可能性やエネルギー選択に関する深い理解を得るためのものと位置づけできます。
特に、エネルギー技術や環境問題は、社会的ジレンマの問題と捉えることができます。社会的ジレンマとは、個人や一部の集団の最適な選択が、全体としては最適でない結果をもたらす状況を指します。例えば、気候変動に対する対策では、世界中の国が化石燃料の消費を減らすと気候変動が緩和されるが、各国が少量の排出削減しかしないと気候変動の緩和は進まないといったジレンマが生じています。また、電気自動車のようなゼロエミッション技術の普及や、エネルギーのバックアップ電源なども同様のジレンマを持つといえます。これらの問題は、個々の最適な選択が、集団としての最適な結果を生まないという、社会的ジレンマです。社会的ジレンマを解析するのに、社会心理学や実験経済学のアプローチが用いられてきました。これらの研究では、特定の条件下で人々がどのように協力するか、囚人のジレンマゲームや公共財ゲームなどの実験を通じて、調査・研究されています。協力を影響する要因として、批判、信頼、学習、コミュニケーション、リスク認知などが挙げられ、罰則や報酬などのインセンティブが協力を促進する一方で、過度なインセンティブは協力の本質を損なう可能性が指摘されています。こうした知見が、現在のエネルギー問題の解決につながると考えています。実際に私が行った研究では、4人のプレイヤーが化石燃料や代替エネルギーを消費し、利益を追求するゲームを作成しました。ゲーム開始時、化石燃料は安いが、全員が代替エネルギーを利用するとコストが低くなります。しかし、化石燃料を使い続けると環境ダメージが増える。三つの条件でゲームを行い、一つは化石燃料にペナルティがない、二つ目と三つ目は重みを変えた環境税がある状況です。実際のゲームでは、プレイヤーに税金の存在を伝え、エネルギー転換のタイミングを考えさせました。学生20人にリモートで参加してもらい実験した結果、税金が高いほど化石燃料の消費量が急減し、代替エネルギーの導入量も変化することが明らかになりました。しかし、適切な税制度がないと、規範意識の低下が起き、化石燃料の消費行動に影響が出る可能性がある。規範意識の低下というのは、罰金制度が導入された場合の人々の行動変化と類似していて、少額の税だけでは、行動を変えるにはつながらないことを示唆しています、日本の炭素税制度の再考すべきかもしれないという結果だと考えています。
他の研究としては、
電力取引のエージェントシミュレーションを行い、短期の市場取引が長期の電源建設にどう影響するかを研究中です。北海道の電力需要データを基にシミュレーションを行い、実際に近い結果が得られている。強化学習を使ってエージェントを訓練しており、ローカルグリッドやバーチャルパワープラントの構築についても考察している。各エージェントの利益が一致しない中、どのように合意を形成するかという研究
持続可能性の問題に焦点を当て、多様な分野の専門家たちと協力してその課題をアナログゲーム化しています。参加しているのはウイルス学の先生、教育哲学の先生、デザインの専門家、食料経済や憲法学の先生など、幅広い背景を持つ専門家たちです。彼らはそれぞれの視点から持続可能性の問題をゲームで表現し、これによって分野間の知識や視点の融合を促進しています。例えば、ウイルス学の先生はウイルス同士の社会的ジレンマをゲームにし、地球規模の課題のアナロジーとして提案しています。別のゲームでは、未来の担当者が過去の担当者に短いメッセージを送るというSF的な要素を取り入れ、異なる世代間の意思決定の問題のゲーム化を行っています。これらのゲームは、持続可能性の問題に対する異なる視点やアプローチを示す挑戦的な研究プロジェクト
人間の競争と協力に関する行動を調査するゲームを通じて、経験がその後の行動にどのように影響するかを探るものです。特に「キコリゲーム」という、木を切るか切らないかの二択を選ぶゲームを使用し、人間のプレイヤーと3種類のボット(協調型、ランダム、競争型)との相互作用を検討しました。結果として、1回目のゲームで競争的な経験をした人々は、2回目のゲームでも競争的な行動をとりやすいことが示唆されました。この研究は、人々の行動における経験の影響を理解するための研究
を行っています。これらの研究を通じて、持続可能なエネルギー選択の促進や社会的ジレンマの解決に寄与することを目指しています。
話題提供2:中野一慶氏(電力中央研究所)「脱炭素化に向けた需要側対策の研究課題:電化とレジリエンスの話題を中心に」
【中野氏略歴】
2011年3月 京都大学 情報学研究科 社会情報学専攻 修了。博士(情報学)。修了後は一般財団法人電力中央研究所 社会経済研究所で、エネルギー需要・脱炭素化政策等の調査・研究に従事。
【発表概要】
今回の報告では、再エネルギーの動向やエネルギーの供給側の話題を中心に提供します。第2回の研究会では、エネルギーの需要側やレジリエンスに関する話題、そして制度的な側面が議論されました。今回のテーマは地域とエネルギーの関連性と、具体的に需要側対策についての研究課題です。また、論文集「電力経済研究」の特集号で取り上げた脱炭素化の議論や、CO2排出の現状についても触れます。日本のCO2排出の約半分は電力由来で、この需要側の対策が重要となっています。しかし、省エネ以外の需要側対策の議論はまだ十分でないのが現状です。カーボンニュートラルを目指すためには、電化やヒートポンプの導入などのペースを加速する必要があります。現在の取り組みは十分とは言えず、具体的な策が求められています。日本でも昨年からのクリーンエネルギー戦略や省エネ法の改正など、電化に関する取り組みが増えてきたが、まだ十分ではないと考えます。海外をみると、米国では5年前から電化に関する報告書が多数公開され、電化の進行を効率的に進める動きがある。欧州でも電化や再エネルギーの導入が議論の中心となっています。これは脱炭素の野心的な目標に対応するため、また技術の進歩や再エネとの組み合わせによる効果等、多くの理由から電化への移行が進められています。
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ただし、電化促進の障害、「バリア」が存在します。鈴木先生も指摘したように、期待通りに進行しづらい問題が多い。省エネ策を推進するには経済的メリットがあるが、多くのバリアの存在で投資が進まない。これらのバリアには情報の不足や経済的なハードルがある。また、技術の固定化、「ロックイン」問題も挙げられ、新しい技術への切り替えが難しいと指摘されている。特に家庭用の給湯機器は壊れた際の取り替えが主流で、新しいエネルギー効率の高い技術に変更する動きは少ない。最近の対策として、新しい技術への準備や配管、電気容量の確保などが提案されている。しかし、これらのバリアを克服するための政策介入や、情報提供などの対策が必要であると言われいます。また、再エネルギーにかかる負担のリバランシングに関する議論も進行中です。電気料金への再エネ費用の影響についての懸念が指摘され、この負担を特定のエネルギーや電気料金だけに偏らせず、社会全体で分担すべきではないかとの意見が出ています。全体として、カーボンニュートラルの目標達成のためには、供給サイドだけでなく、需要サイドの問題も対処する必要があり、現実の障壁を正確に把握し、その解消策を探求することが求められています。
「電力経済研究」の特集号では、様々なトピックに言及しており、例えば、IPCCの第六次評価報告書に基づく論文では、世界の金融・研究機関が作成した脱炭素化シナリオを分析しており、供給サイド対策だけでなく、添加率の増加が共通点として浮かび上がっています。また、家庭用給湯分野のロックイン問題に関する論文では、経済合理性から高効率な給湯器の導入が全体のコストを低減させると指摘しています。しかし、賃貸住宅のオーナーや設置業者のインタビューからは、資金調達や貯湯タンクの問題などの障壁が浮かび上がっています。欧米の建物脱炭素化に関する取り組みを整理した論文もあります。アメリカの自治体、特にカリフォルニア州では新築住宅を電化対応にする義務化が進行中で、2018年にバークレーでは新築住宅の電化を義務化する事例が出てきており、これは厳格な規制の象徴として取り上げられています。さらに、規制だけでなく、補助などの方法での取り組みも見られ、ボストン市などでは建物全体の排出削減を義務化するなどの事例が増えています。また、他にも、運輸の脱炭素化に向けて各国の39自治体の事例を紹介した論文もあります。産業部門の工場でのアンケート調査を基に、電化の設備への入れ替え時の課題を探る研究もあります。主な課題として、設備費用の高さや導入場所の不足、そして特に社内のエンジニアリング人材の不足が挙げられています。新しい設備の導入に際し、その工場の生産プロセスに合わせることができる人材が不足しているという指摘があります。また、これらの課題を乗り越え、産業のヒートポンプの実装を強化する方法を考察した研究(特に人材育成の重要性が強調)も収録しています。
最後に、私自身の最近の研究を紹介したいと思います。電化による一つの懸念としてレジリエンス、つまりオール電化住宅の選択時に、停電時の不安が挙げられることがインタビュー調査で明らかになりました。逆に、太陽光発電や蓄電池のような設備を組み合わせることで、レジリエンスの高い住宅とすることも可能だと考えています。日本ではネットゼロエネルギーハウスが推進されており、光熱費の経済性や快適な生活を提供すると評価されています。しかし、これらの不安とレジリエンス性をどのように評価し、訴求するかは課題です。特に、レジリエンスの評価においては、因果関係の確立が重要で、傾向スコア調整法を使用して評価を行いました。まず、インタビュー調査を行い、停電時の問題点や困りごと、特に室温調整や食事、情報の取得などに関する懸念を収集しました。電気が使えると冷蔵庫などが活用でき、安心感が得られることがわかりましたが、夜間の発電や自立運転機能の利用にはバリアがあることも明らかになりました。その後、新築戸建ての居住者約4600名を対象にアンケート調査を行い、PVや蓄電池の有無による違い、停電時の不便さなどのデータを収集。単純比較だけでは因果関係の把握が難しいため、傾向スコア調整法を用いることとしました。停電対策としてだけではなく、高所得が高いからPVや蓄電池などの機器を採用している等の他の要因の影響を受けずに評価するために因果推論を用いています。つまり、この研究では、30程度の変数を考慮し、傾向スコアを使用してデータのバイアスを補正することで、実際の効果を正確に評価しようとしています。結果として、ZEHやPVの利用世帯は、防災や停電対策への関心が高まり、レジリエンスにも強いということをきちんと明らかにできました。研究の成果は、住宅のレジリエンスを向上させるための方針や、技術の普及推進に役立つと期待しています。
話題提供1:定行泰甫氏(成城大)「国内排出量取引制度の実証分析」
【定行氏略歴】
学歴:上智大学経済学部、上智大学大学院経済学研究科(経済学修士)、イリノイ大学経済学部(Ph.D in Economics)職歴:早稲田大学環境経済経営研究所(次席研究員)、早稲田大学政治経済学術院(講師)、現在:成城大学経済学部(准教授)。
【発表概要】
Sadayuki & Arimura (2021)の内容を中心に紹介します。背景としては、皆さんご存じと思いますが、地球温暖化問題は、1990年代後半から指摘され始め、この問題に対処するために、国際的な協定である「京都議定書」や「パリ協定」が提案されました。排出量取引制度は、「キャップアンドトレード」とも呼ばれ、企業や工場の排出量を規制する仕組みです。例えば、企業Aと企業Bがあったとして、企業Aは規制枠内で排出量を抑えることができた場合、その余った排出権を企業Bに売ることができます。これにより、全体の排出量が設定された枠内に収まるようになります。日本では、東京や埼玉など一部の地域でこの制度が導入されており、他の国でも導入が進んでいます。ただし、制度導入には議論があり、企業は規制のない地域に逃れて経済活動を増やしたりすることで、「炭素利益」を得る可能性もあります。
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本研究では、東京と埼玉の企業を対象に、導入前と導入後のCO2(温室効果ガス)排出量を比較し、ETS(排出権取引)の効果を調査・分析しました。導入された年や削減ターゲット、対象となる企業の種類など、東京と埼玉でのETSのルール違いがありますが、本研究では「DID(差分の差分分析)」と呼ばれる分析手法を用いて、統合的にETSの影響を明らかにしました。結果としては、ETSの影響を受けた企業は実際にCO2の排出量を減らしており、予想されたような経済活動の地域外移転はほとんど見られなかったという結論でした。つまり、ETSの規制対象となる企業(ETS企業)と対象外の企業(ETS企業)の炭素排出量の推移を比較した結果、ETS企業は規制対応によるノウハウを他県の事務所にも波及させる可能性があることが示唆されました。これにより、他県でのCO2削減が進む可能性があります。
具体には、企業の規模や性質の違いを考慮するために、都道府県のGDPの上位7位の地域に事業所を持つ企業をサンプルとして分析しています。説明変数としては、企業の地域(東京、埼玉、他県)、産業(製造業、サービス業)、その他の要因(震災、気温、電力価格など)などを用いていて、CO2の事業所ごとの排出量の変化率を目的関数としたモデルを構築しました。結果としては、東京ではCO2排出が5.9%減少し、埼玉では1.6%減少し、さらに他県のETS規制対象外の事業所でも減少が確認されました。業種による違いとして、製造業とサービス業を抜き出して、見てみると、製造業の方がCO2排出量の減少が大きい可能性があり、これは製造業は他県への移転が比較的容易なためとも考えられます。追加的な分析として、まず、東京と埼玉の企業を2つのタイプに分け、削減率の違いを比較しました。タイプ1は東京と埼玉にしか大きい事業所がなく、タイプ2は他県にも大きな事業所がある企業です。結果として、タイプ1の企業は埼玉県で削減率が高いことが分かりました。また、企業の大きさと削減率の関係を調査しました。大きな企業や大きな事業所の方が削減率が高い傾向があります。これは、大きな企業が省エネ対策に資金を投入しやすいためや、社会的責任を意識して削減に積極的に取り組む可能性があるとされています。ただし、これらの結果は仮説的であり、詳細な要因の検証が必要です。また、サービス業においても、大きな事業所が削減しやすい傾向が見られました。特にデパートや百貨店などのサービス業は、大きな事業所が高い削減率を示しました。これは、高額な設備を導入しやすいためなのではないかと考えられます。
話題提供2:小谷仁務氏(京都大)「自然災害に起因する停電時の家庭のレジリエンス:太陽光パネルと蓄電池の利用と効果に着目した分析」
【小谷氏略歴】
2016年09月 京都大学 工学研究科 都市社会専攻 修了。博士(工学)。修了後は京都大学防災研、東京大学新領域創成科学研究科、工学系研究科で研究・教育に従事し、2022年04月より京都大学 地球環境学堂 資源循環学廊 助教。
【発表概要】
自然災害に起因する大規模停電についての研究を紹介します。詳しくは、Kotani & Nakano (2023)をみてください。災害が直接的な死者をもたらすことはあるものの、大規模停電による間接的な影響も重要であると指摘しています。自然災害が起こる際に、太陽光パネルなどの再生可能エネルギー設備を住宅に導入することで、住宅のレジリエンス(復興力)を高める可能性があると考えています。しかし、太陽光パネルを保有した場合にも、停電時に自動的にエネルギーを利用できる訳ではなく、手動で運転モードを切り替える必要があったり、太陽光発電量が十分でない場合に電力使用が制約される可能性があったりするため、保有から実際の電力使用まで段階的なプロセスがあります。また、災害による大規模停電に対する研究は、主にシミュレーションが主流である一方で、実際の事例による理解も重要です。そこで、本研究では、実際の災害・停電時の各家庭の行動調査を行い、分析しました。
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研究の主目標としては、自然災害による大規模停電を経験した世帯、特に太陽光パネルを保有している世帯に焦点を当て、電力機器の利用に関する研究を行うことです。これにより、災害時のエネルギー利用に対する理解を深め、より効果的な対策を見つけようという研究です。第一のリサーチクエスチョンは、太陽光パネルの保有から利用へのステップにおいて、促進要因と障害が何であったかを明らかにすることです。第二のクエスチョンは、利用から効果へのステップにおいて、太陽光パネルを利用した場合にどのような電気を使用できたか、蓄電池の保有が効果に影響を与えたのかを調査することです。実際には、オンラインのアンケート調査を通じて、地震と台風による停電を経験した世帯に対して調査を実施しました。アンケートでは、太陽光発電による電気の使用状況や、太陽光パネルの利用に関する障害を尋ねています。また、18種類の電気機器について、地震と台風による停電を経験した世帯に対して網羅的な利用状況の調査も行っています。
分析結果として、まずは、一部の世帯は停電時に太陽光パネルの運用方法が分からないことが障害となってることがわかりました。一方、太陽光パネルを利用した世帯では、事前の準備や業者からの説明が役立ったとの回答が多かったです。続いて、回帰によるアンケートデータの分析を二つのモデルで行いました。一つはワンパラメーターのモデルで、電気機器の難易度を評価し、もう一つのモデルでは、電気機器の識別力も考慮しました。
蓄電池を保有している世帯と保有していない世帯を比較し、蓄電池保有の影響を調査しました。結果として、蓄電池を保有している世帯は停電時の電気機器の使用ニーズが高かったことが分かりました。特に冷蔵庫、携帯充電、テレビなどのニーズが顕著であり、これらの家電機器の使用率が高いことが示されました。また、蓄電池を保有している世帯は、電気機器の使用能力が高くなる傾向が見られました。蓄電池を持っている家庭は、停電時に電気機器をより効果的に使用する可能性が高いことが示唆されました。さらに、蓄電池を保有している世帯は、非保有世帯と比べて電気機器の使用率が10%から30%高くなっていました。研究の結果は、停電において、太陽光発電パネルの導入が効果的であることを示しています。特に蓄電池の保有が停電時の電力供給と使用能力を向上させる要因となることがわかりました。なお、台風のデータでも同様の結果が得られています。
まとめますと、この研究では、太陽光発電パネル(PVパネル)と蓄電池の導入が停電時の電気機器の使用に与える影響を調査しました。結果として、蓄電池を保有している世帯は停電時において食事やコミュニケーションに関連する電気機器を効果的に使用できる可能性が高いことが示されました。これは蓄電池の持つ副次的な効果であると考えられます。また、蓄電池を保有している世帯は家電機器の使用確率が高められたことがわかりました。蓄電池の利用により、停電時でも電気機器を十分に活用できる可能性があるということです。一方で、アンケート特有の回答時の記憶違いの可能性や、客観的なデータ収集の必要性があります。
話題提供:中島みき氏(国際環境経済研究所)「日本の再生可能エネルギーの現実と展望」
【中島氏略歴】
京都大学経済学部卒。同大学院経済学研究科修士課程修了。関西電力で調査、戦略、エネルギー政策対応、海外事業、再エネ事業等に従事。2016年関西経済連合会に出向、環境・エネルギー政策を担当。2022年電源開発株式会社(J-Power)に入社、海外洋上風力事業・グリーン水素事業を担当。国際環境経済研究所主席研究員。
【発表概要】
Part I: 現在の日本のエネルギー政策と電気料金の動向について
日本のエネルギー選択の歴史は、戦前から戦後にかけての時代から始まり、水力が主要なエネルギー源でした。しかし、復興期にエネルギー需要が増加し、石炭への切り替えが行われました。その後、高度成長期には石油への移行が進み、オイルショックによりエネルギーの輸入リスクからエネルギー源の分散化が進められました。2000年代以降、地球温暖化対策の要請が高まり、再生可能エネルギーの導入が増えました。さらに、2011年の東日本大震災以降は一時的に石炭・石油火力が増加しましたが、再エネの支援制度の導入により再エネの普及が進んでいます。
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1990年以降の日本の電源構成では、東日本大震災以降はLNGと石炭の使用量が増加しています。再エネも増えており、再エネ電源が優先される傾向があります。採算が取れなくなった石油火力などは廃止される予定であり、火力発電所の建設も2026年以降は予定がない状況です。一方で、需要と供給のバランスを維持することは難しい課題です。一般的な電力事業者は地域ごとに需要と発電量を調整し、高周波数を一定に保ち安定供給を維持していますが、バランスが崩れると産業などで影響が出ることもあります。
電力供給はベストミックスと呼ばれ、ベースロード電源やミドル電源、ピーク調整のための水力などが組み合わされています。しかし、太陽光の増加により需要と供給のバランスの調整が課題となっています。太陽光の出力制御や揚水発電などの対策が行われていますが、予測が難しい太陽光の出力変動によるバランス調整も求められています。
最近の事例としては、2020年の冬に電力需給が逼迫しました。寒い日が続いたため暖房需要が増加し、同時に火力や原子力の稼働が限定的であり、石油火力が休廃止されていたことも影響しました。また、石炭火力や太陽光発電のトラブル、渇水による水力発電の低下も重なり、電力供給が綱渡りの状態となりました。現在も供給側の状況は変わっておらず、再エネの変動を調整するために主に火力が使用されています。古い火力発電所の廃止が進む中、将来の電源設備への投資も必要です。
世界的な状況では、ロシアのウクライナ侵攻により欧州のガス供給が減少し、天然ガス価格が上昇しています。欧州ではガス価格上昇と供給不足が懸念され、アジアでもLNG不足が深刻化し価格が上昇しています。
現在の状況では、電気料金の値上げが懸念されています。燃料費の上昇や再エネ支援制度による負担が要因として挙げられます。エネルギー政策では安定供給と経済効率性の両立と低炭素化が求められており、燃料供給の問題や高騰するガス価格などに対処しながら進める必要があります。
Part II GX実現に向けた再エネの現状と展望
再エネにおいては、課題の解決と並行して導入量の増加が求められています。特に日本では固定価格買取制度(FIT制度)の導入により、太陽光の導入量が急速に増えました。実際、日本の再エネ導入量は、欧州や世界全体の増加率を上回っています。ただし、中国やアメリカと比較すると、日本の導入容量はまだまだ少ないと言えます。
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日本の再エネ導入には、地形や土地利用の制約が存在し、適地の確保に工夫が必要です。太陽光や風力の発電量は、日射量や風況といった自然環境に大きく依存しており、適地での導入が望まれます。日本国内では、日射量が多い地域としては西日本や九州が挙げられます。陸上風力については、風速の高い地域で効果的であり、欧州では風況が安定しているため、イギリスやドイツなどでの導入が進んでいます。一方で、日本や米国では風速が比較的弱く、日本では土地の制約もあり大規模な設備が難しいとされています。このため、既に導入されている日本の陸上風力の発電原価は比較的高くなっています。
洋上風力においても、同様に風況の良い地域が望まれます。日本の場合、年間で見ると合計風量が多くても、台風などの影響で稼働できない状況もあります。洋上風力の場合、浅い水深の地域では低コストで設置が可能ですが、日本は水深が深いエリアが多く、浮体式の洋上風力の設備が必要とされています。そのため、浮体式洋上風力の開発に期待が寄せられています。
日本のエネルギー政策では、2030年までに再エネの割合を46%に増やし、2050年までにカーボンニュートラルを達成することが目標とされています。具体的な対策としては、エネルギー使用量の削減と化石燃料から非化石燃料への切り替えが挙げられます。政府は2030年までの対策に重点を置いており、省エネ推進や大規模な省エネ対策の実施、中小企業への支援、住宅の断熱改修などが行われています。再エネの割合を増やすためには、系統の整備が必要であり、洋上風力の注目度も高まっています。地域行政の面でも地域共生のための事業規律の強化や地元の関与が重視されています。
また、再エネの導入には太陽光や洋上風力に加え、原子力、水素、アンモニアなども活用されていく予定です。さらに、2030年までのエネルギー基本計画では、再エネの導入目標が36~38%と設定されており、非常に野心的な目標です。ただし、太陽光の導入量の減少や洋上風力の立ち上げには課題も存在します。太陽光の導入促進には、自治体によるポジティブゾーニングの指定や空港の再エネ拠点化、公共部門の率先導入などが検討されています。また、廃棄処分の課題も存在し、費用の積み立て制度が導入されています。
陸上風力においては、環境アセスメントを通過するプロジェクトが少なく、導入に時間がかかっています。さらなる政策対応や自治体の支援強化が必要な状況です。一方、洋上風力では2030年までに導入量が3.7ギガワットになる見込みですが、立ち上げにあたって本格なサポートが必要であり、2030年以降にさらなる加速が期待されています。洋上風力では発電単価の低下を目指し、2040年以降には発電総量を30から45ギガワットに増やす計画もあります。ただし、地域の偏在性や海底ケーブルの導入にかかる投資などの課題も存在します。また、国内産業の発展も重要ですが、世界的な競争が激しく、日本のシェアを伸ばしていくかは不透明です。
再エネによる出力変動は、日本だけでなく世界的な課題となっています。太陽光の発電出力にはパネル温度などが影響し、風力の発電出力には風速や風向き、気温気圧、風車の配置などが関与します。これらの細かな要素が予測を困難なものにし、出力変動の問題を複雑化させています。ただし、風力に関しては、ドイツの事例を見ると、国全体では変動をカバーできる可能性もあります。太陽光や風力の増加に伴い、需要が供給に追いつかない場合には価格のずれが生じる可能性があります。また、再エネの増加により伝統的な火力発電の減少が懸念され、系統の安定度が低下する可能性もあります。米国では太陽光や風力よりも火力が安価な場合もありますが、再エネの増加に伴い、バッテリー(蓄電池)の活用が安定性を確保するための鍵となります。また、個々の電源を考慮するだけでなく、蓄電池導入や需要側最適化など、システム全体での取り組みが必要です。これにより、グリッド全体のバランスを保つことが可能となります。このような取り組みはまだ広まっておらず、産業界にとっては新たなビジネスチャンスとも言えるでしょう。